私の独り言

和田宮へありがとう

2011.12.18

いよいよ今年もあと2週間ですね 今年は過去に積み上げていた未解決の出来事や心の奥に貯めた膿を出す為に、多くの神々が救いの手をさしのべて下さったのです。それは新しい世に成るために人の善悪の選別のようです。私も石に関わってから信じた人に何度も盗難に遭い、させた自分を責め、その都度神から「この世の流れ 身に受けて 神がおります導かん これからの人の心の欲のみち そなたの前に現れん なれどそなたは乱れるな 橘 道を行くほどにい 神は見ておる案ずるな」と云われて来た意図が分かり、世の為なら私の持ち物全てどうぞと、思うと私の心は救われました。そのお礼に和田宮に参りました、そして天の御中主の神様から暖かいお言葉を頂き 感動で熱くなり涙があふれ神前に座っていると、暖かい気に包まれ心地よく、しばらくその気にしたっていました。                  皆さんも行ってみて下さい 此処の気は格別 とても癒されますよ。

ルミナリエをみて

2011.12.6

12月4日の夕方の5時すぎ まだ少し空が薄青く見えるそんな時 ビルの屋上からルミナリエを見せて頂きました。

神戸に来てから2度見に行きましたが、いつも下から観て綺麗なカラーの光を平面にみていました。

上から見下ろすと光が立体に見えて、綺麗なお城が森の中に建ち人々がメルヘンの世界にいるように見えました。

こんな暖かく澄んだ心になれた自分は何日ぶりでしょう。 招待して頂いた友人やビルの方達に心より感謝です。ありがとうございました。

素盞鳴神社にて

2011.11.30

11月30日私の誕生日に素盞鳴神社にて素盞鳴の尊から指示を受ける
「そなたと共に行く道を今日この時に指し示す。そなたの身を清め清めて恙なく皆の心を洗いやれ。まずその道は皆が集うその場に、そなた出向いて皆々に心の力を伝えやれ。
体を鍛えてゆく者は心鍛えにゃ体は着いてはこぬものぞ 巳の心一つで体を解き放ちてやれと伝えやれ。
体は心の代品じゃ、心の姿は体に表れる これを肝に銘じるように それぞれが己の神を出して作るからだをいとうてゆけ いとうその心で体はその都度着いてくる。」これが言霊神言葉です。神が訴えんとしている言葉を皆様の心に受けて頂ければ幸いです。

近況報告

2011.11.25

時の経つのは早い物ですね。私の10月10日は神の指示に従い三鷹市牟礼に行き結果は見せて頂きました。20日平野へ友人の息子のエンゲージリングを届ける。そして17日と26日に2人の仏を上にあげる。25日に熊野から南氏が、神の使命を受けて神戸に来たそして岡本の素盞鳴神社にまいり神のお言葉を頂く、「これからの世直しに我素盞鳴尊が働く故共に働いてくれ」と云われる。それを受け28日に和田宮に行き、天の御中主尊からのお言葉を頂き、翌29日和田宮の元宮岡太神社に行った。そこで玉置神社へ、被災地に行った報告に参れと云われ11月3日に玉置神社に行ってきました。一人で行くのは9年ぶり、九とは人の体では脳を意味する中心の数です。創造本体の分光である人が、内なる神と一体となる為に進化する所、これからの世は神人合一に成る時です。私もこの間に、神の存在を皆様に解りやすく伝えられる様に、神から色々な方法を教わりました。
11月6日 東日本大震災鎮魂 世界平和への祈りと音楽の祭典 に神戸ポートピアホテルに行きました。
私が神戸に入って4年ですが宗派を超えて世界初「神戸から世界へ」と神戸平和研究所の存在を初めて知り、とても感動して帰りに年会費1000円を払って会員に成りました。23日には女性2人で玉置神社に行ってきました。この時も天津神々が降りる神柱を立ててくれとのお言葉でした。もうすぐ12月師走に入りますが、お買い求め頂きました石が、石本来の力を発揮出来ますように祈念いたします。合掌

東日本被災地を訪ねた私の道 10月5日(水曜)~6日(木曜)

2011.10.5

 10月5日6:30起床そして花節神社に詣り祝詞と清めをして空を見上げると不思議な太陽と雲カメラに納め社を撮ろうとカメラを向けたその一瞬の光をカメラが捉えました。光を受ける瞬間を2度も味わう事が出来た今度の旅は、私の今後に意味深い物を感じます。その興奮冷めやらぬ間に私の目に鮮明に写った 忘れられない赤い鳥居の神社にも案内して頂いて、私の念願は叶いました。赤い鳥居は3月11日の東日本大震災のニュースの度に、津波が襲ってくる時には何度も映りました。私はその時 神の心痛を感じ胸が熱くなり言霊を息吹いた事が、此の神社の神様に伝わっていたと申され感激でした。此の地も津波で全て流されていたけれど、周辺の空気は綺麗に澄んだ気と大地のエネルギーに満ち、日本魂の強靱さと暖かい愛を感じ「強い人ほど優しい」と聞いた言葉を思い出しました。
去りがたい心を残し10時に発ち東北道で平泉の中尊寺に12時半に着きました。ここは私には45年ぶりの再会です最初に来た時の事を思い起こすと不思議にどちらも私自身の意思で行った覚えは無くただ何かに導かれた様な感じです。20代にこの東北の地で 菊の文様の着いた黒い石に魅せられ購入してからの私の進む道はついていた事に気づきました。45年間を神の道を行く為に何度も神試しの試練を与え、その試練を私は如何に受け硝化するか、またその経験を生かして行くかを神は見守っていた様に思います。中尊寺とは私には事の始まりを意味する場それは私が再度この北野の地に戻った事と同じ意味を持ち、それは今迄の経験を活かして仕上げる為の新しい出発のラストスパートです。そんな思いを胸に中尊寺に入ると奥にお寺の煌びやかとは違う赤い鳥居が目に留まり近づくと清楚な佇まいにも気品高く白山神社と能舞台に神の尊厳を感じ神殿に上がって祝詞をあげて帰りました。次は女川の白山神社にナビを設定して目的地に近づくと雨が降り出してあたりは真っ暗です。女川に着くと19時38分行き交う車もなく、車のライトに映し出されるのは全壊の建物と空き地にがれきと水たまり、その先には異様な雰囲気の太平洋の海が見えました。ナビの指す白山神社は跡形も無く、一時も早く此処を離れたいと思い、ただ明かりの見える方を目指して車の通れる道をひたすら走りました。1時間ほど走ると石巻にたどり着き、そこでナビに石川県白山比咩神社を目的地にして、暗闇をただ走りました日本海の海岸沿いに出た頃に10月6日に変わり、北陸道は道路工事や事故の為何度か通行止めに合い一般道を走ったりして金沢西を出て白山比咩神社には15時です。私は此の神社の奥宮には2度参りました山門の前に川が流れその川で禊ぎをしてから鳥居をくぐって神殿に上がるのですが此の神社では禊ぎをしないで本宮でご挨拶の祝詞をあげ最後の21枚の写経で祓い清めて神様からもお言葉を頂きました。これで全ての私のお役目は無事に終えて帰途につきました。

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