ニルバーナ

あけましておめでとう。

2012.1.5

あけましておめでとう。

私は元旦に和田宮様へ初詣に参りました。元旦にふさわしい清々しく澄んだ青空に太陽が燦燦と照り、参拝の人々の顔も輝いて見えました。

二日の明け方の初夢で目が覚めました。その夢は私の目の前で、何人も 動物を網で捕まえるのと同じ様にして檻の中に閉じ込められるのを見て、私はその人達の救いを求めますが誰も救えないとのことです。あーそうか と思った時 目が覚めました。これからの世は須佐の雄の尊様が人の姿をした獣を退治され、人を被害から守って下さる事でしょう。

三日は北野天満宮の氏神様にお参りしてびっくりしました。摂社に高倉大神様が祀られてありました。やはり熊野とのご縁が有る事を今頃気づき、此処北野に戻された事も納得です。今注目されているイスラム教の掟に従い、サウジアラビアで埋蔵される石油を国営にし、その利益で国民は豊かな生活を営んでいます。此のあり方をアフリカも学び、埋蔵されている沢山の石を国営にして、今 飢えと貧困で苦しんで居る国民を、一日も早く救われんことを祈ります。これが神の願いです。

宝冠の森へ

2011.12.24

K信用金庫の方々4人とその知人そして女性3人の8名で まず玉置神社で正式参拝を済ませてから 宝冠の森には7名で向かいました。少し上に上がるにつれて私の体に異変が起こり、体がだんだん重く硬くなって来ましたが、それでも神は宝冠の森に行けとのことです。此の症状は神の仕業である事は解るゆえに、私は受けて目的地に向かうしか有りませんでした。体が重く感じた時は六根清浄を、時には般若心経を口ずさんでの登山は、私にとって生まれて初めて経験する難行苦行の修行でした。

初回があまりにも軽く楽に行けた事を思うと、神に導かれての時と、この度神に甘え背いた自分に、神の怒りの過酷なペナルテイを受て、 宝冠の森にたどり着いた時の感激はまた一入でした。 神の暖かい慈悲に包まれ、「これからは神の言葉を信じ 仰せのとうりに歩みます」と誓って帰る道中は少し楽でした。

今年の最後に神様からの愛と気づきを頂いた最高の宝冠の森でした。

和田宮へありがとう

2011.12.18

いよいよ今年もあと2週間ですね 今年は過去に積み上げていた未解決の出来事や心の奥に貯めた膿を出す為に、多くの神々が救いの手をさしのべて下さったのです。それは新しい世に成るために人の善悪の選別のようです。私も石に関わってから信じた人に何度も盗難に遭い、させた自分を責め、その都度神から「この世の流れ 身に受けて 神がおります導かん これからの人の心の欲のみち そなたの前に現れん なれどそなたは乱れるな 橘 道を行くほどにい 神は見ておる案ずるな」と云われて来た意図が分かり、世の為なら私の持ち物全てどうぞと、思うと私の心は救われました。そのお礼に和田宮に参りました、そして天の御中主の神様から暖かいお言葉を頂き 感動で熱くなり涙があふれ神前に座っていると、暖かい気に包まれ心地よく、しばらくその気にしたっていました。                  皆さんも行ってみて下さい 此処の気は格別 とても癒されますよ。

ルミナリエをみて

2011.12.6

12月4日の夕方の5時すぎ まだ少し空が薄青く見えるそんな時 ビルの屋上からルミナリエを見せて頂きました。

神戸に来てから2度見に行きましたが、いつも下から観て綺麗なカラーの光を平面にみていました。

上から見下ろすと光が立体に見えて、綺麗なお城が森の中に建ち人々がメルヘンの世界にいるように見えました。

こんな暖かく澄んだ心になれた自分は何日ぶりでしょう。 招待して頂いた友人やビルの方達に心より感謝です。ありがとうございました。

素盞鳴神社にて

2011.11.30

11月30日私の誕生日に素盞鳴神社にて素盞鳴の尊から指示を受ける
「そなたと共に行く道を今日この時に指し示す。そなたの身を清め清めて恙なく皆の心を洗いやれ。まずその道は皆が集うその場に、そなた出向いて皆々に心の力を伝えやれ。
体を鍛えてゆく者は心鍛えにゃ体は着いてはこぬものぞ 巳の心一つで体を解き放ちてやれと伝えやれ。
体は心の代品じゃ、心の姿は体に表れる これを肝に銘じるように それぞれが己の神を出して作るからだをいとうてゆけ いとうその心で体はその都度着いてくる。」これが言霊神言葉です。神が訴えんとしている言葉を皆様の心に受けて頂ければ幸いです。

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