ニルバーナ

近況報告

2011.11.25

時の経つのは早い物ですね。私の10月10日は神の指示に従い三鷹市牟礼に行き結果は見せて頂きました。20日平野へ友人の息子のエンゲージリングを届ける。そして17日と26日に2人の仏を上にあげる。25日に熊野から南氏が、神の使命を受けて神戸に来たそして岡本の素盞鳴神社にまいり神のお言葉を頂く、「これからの世直しに我素盞鳴尊が働く故共に働いてくれ」と云われる。それを受け28日に和田宮に行き、天の御中主尊からのお言葉を頂き、翌29日和田宮の元宮岡太神社に行った。そこで玉置神社へ、被災地に行った報告に参れと云われ11月3日に玉置神社に行ってきました。一人で行くのは9年ぶり、九とは人の体では脳を意味する中心の数です。創造本体の分光である人が、内なる神と一体となる為に進化する所、これからの世は神人合一に成る時です。私もこの間に、神の存在を皆様に解りやすく伝えられる様に、神から色々な方法を教わりました。
11月6日 東日本大震災鎮魂 世界平和への祈りと音楽の祭典 に神戸ポートピアホテルに行きました。
私が神戸に入って4年ですが宗派を超えて世界初「神戸から世界へ」と神戸平和研究所の存在を初めて知り、とても感動して帰りに年会費1000円を払って会員に成りました。23日には女性2人で玉置神社に行ってきました。この時も天津神々が降りる神柱を立ててくれとのお言葉でした。もうすぐ12月師走に入りますが、お買い求め頂きました石が、石本来の力を発揮出来ますように祈念いたします。合掌

東日本被災地を訪ねた私の道 10月5日(水曜)~6日(木曜)

2011.10.5

 10月5日6:30起床そして花節神社に詣り祝詞と清めをして空を見上げると不思議な太陽と雲カメラに納め社を撮ろうとカメラを向けたその一瞬の光をカメラが捉えました。光を受ける瞬間を2度も味わう事が出来た今度の旅は、私の今後に意味深い物を感じます。その興奮冷めやらぬ間に私の目に鮮明に写った 忘れられない赤い鳥居の神社にも案内して頂いて、私の念願は叶いました。赤い鳥居は3月11日の東日本大震災のニュースの度に、津波が襲ってくる時には何度も映りました。私はその時 神の心痛を感じ胸が熱くなり言霊を息吹いた事が、此の神社の神様に伝わっていたと申され感激でした。此の地も津波で全て流されていたけれど、周辺の空気は綺麗に澄んだ気と大地のエネルギーに満ち、日本魂の強靱さと暖かい愛を感じ「強い人ほど優しい」と聞いた言葉を思い出しました。
去りがたい心を残し10時に発ち東北道で平泉の中尊寺に12時半に着きました。ここは私には45年ぶりの再会です最初に来た時の事を思い起こすと不思議にどちらも私自身の意思で行った覚えは無くただ何かに導かれた様な感じです。20代にこの東北の地で 菊の文様の着いた黒い石に魅せられ購入してからの私の進む道はついていた事に気づきました。45年間を神の道を行く為に何度も神試しの試練を与え、その試練を私は如何に受け硝化するか、またその経験を生かして行くかを神は見守っていた様に思います。中尊寺とは私には事の始まりを意味する場それは私が再度この北野の地に戻った事と同じ意味を持ち、それは今迄の経験を活かして仕上げる為の新しい出発のラストスパートです。そんな思いを胸に中尊寺に入ると奥にお寺の煌びやかとは違う赤い鳥居が目に留まり近づくと清楚な佇まいにも気品高く白山神社と能舞台に神の尊厳を感じ神殿に上がって祝詞をあげて帰りました。次は女川の白山神社にナビを設定して目的地に近づくと雨が降り出してあたりは真っ暗です。女川に着くと19時38分行き交う車もなく、車のライトに映し出されるのは全壊の建物と空き地にがれきと水たまり、その先には異様な雰囲気の太平洋の海が見えました。ナビの指す白山神社は跡形も無く、一時も早く此処を離れたいと思い、ただ明かりの見える方を目指して車の通れる道をひたすら走りました。1時間ほど走ると石巻にたどり着き、そこでナビに石川県白山比咩神社を目的地にして、暗闇をただ走りました日本海の海岸沿いに出た頃に10月6日に変わり、北陸道は道路工事や事故の為何度か通行止めに合い一般道を走ったりして金沢西を出て白山比咩神社には15時です。私は此の神社の奥宮には2度参りました山門の前に川が流れその川で禊ぎをしてから鳥居をくぐって神殿に上がるのですが此の神社では禊ぎをしないで本宮でご挨拶の祝詞をあげ最後の21枚の写経で祓い清めて神様からもお言葉を頂きました。これで全ての私のお役目は無事に終えて帰途につきました。

東日本被災地を訪ねた私の道 10月4日(火曜)

2011.10.4

 10月4日7時起床そして温泉での禊ぎです。8時には出発 そして山頂の神社に登る途中には沢山の岩藏が聳え立っています。それぞれの石に神の名や縁起物の動物の名前が付けられ、生き者と対話しながらの感覚で楽しみながら疲れも感じなく山頂に登っていました。頂上には立派な神殿が建ち広々とした公園になっています。私はまず神殿に上がり祝詞と清めを済ませると力強い神の言葉「我ら皆で国を建てるぞ これから先は神の道なり」と聴き今の世に光を感じ、燦燦と光り輝く太陽と山の石達との対話の一時を、見晴らしの良い公園で持てた事が夢の様です。宮司さんのお勧めの都々古別神社にも詣りました。此の神社は陸奥州一の宮 古い建物にも堂々とした風格を感じさせ、とても強い神気をカメラに納め私の体にも受けて帰りました。車に戻ると12時30分 それから東北自動車道に乗り本宮ICを出て少し走ると、小高い山の中腹に安達太良神社が有りました。着くと15時45分 古い立派な神殿の中で祝詞と清めを済ませると、堂々と風格を感じる神様のお言葉「世の平和の為に皆一つに成り これからは神の世になるのじゃ」を頂いて私が被災地に来た意味を知りました。そして次は宮城県宮城郡七ヶ浜町 東北道で仙台に入り目的地に近づくと19時40分、暗闇の花渕浜を太平洋の波の音を聞きながら花節神社を探して走りました。途中親切な人に出会い神社まで案内して頂きましたが、此処も山頂に社が有る為登れません。一夜をご厚意に甘え泊めて頂き夕食と翌朝までご馳走になりました。旅先でこんな親切に出会い心より感謝です。

東日本被災地を訪ねた私の道 10月3日(月曜)

2011.10.3

 10月3日9時に出発して太平洋沿いに北に走り、広野町近くの久之浜海岸を歩いていると、石段が見え近くに行くと、両諏訪神社と書かれた古い社が海に向かって建ち、私は招かれて来た感覚を覚え無人の神殿に上がって祝詞と浄化を済ませました。此処の神は、私に清めた事の礼と、神々と心を一つに国の神柱を建てると、申されました。神様にお言葉を頂いて、ここも綺麗に澄み大地のエネルギーも貰って13時に西方の須賀川市石川郡石川町に出発です。目的地の石都々古和気神社には19時30分に着きましたが、神社は山頂の為 近くの母畑温泉下の湯さつき亭に泊めて頂きました。 此処の温泉は体の芯まで温まり、気が和み身も心も癒されたとてもありがたい一夜でした。

東日本被災地を訪ねた私の道 10月2日(日曜)

2011.10.2

 10月2日6時から相馬神社に向かい石段を登ると神殿です。私の出来る事としてまず相馬神社の浄化を済ませると「ここから初めてその後は これから神々指し示す」と神のお言葉を受けてから、神社は急に明るくなり神光りをカメラに納め、次は太平洋に面したいわき市小名浜海岸です。12時30分に着き車から降りて海岸沿いを歩いていると、津波の為建物は全て流されていましたが、周辺の空気は澄み地面には雑草が芽吹き、私は此処で大地の力強いエネルギーを一杯頂き益々元気になりました。そしてその夜は湯本温泉七福神の集う宿湯島屋旅館で温泉につかり体を癒してから地図を広げると、明日からの行き先を次々と私の手が、地図に印を入れていきました。

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